今を生きる コロンバスにて 北川克己

脳死

脳死について私は懐疑的である。果たして人間の死とはどのように決められているのか時折考えてみるのだが、最近考えているのは、おそらく人の死とは周りにつまり社会によって決められているということである。よくよく考えてみると死を叙述するということは他人がすることなのでこれは当たり前のことなのだが、哲学的な意味では重要な観点である。すなわち、本人がどういう状態であろうと周りが死んでいるとみなせばそれが死であるということである。脳死はどうなのか。脳死は植物状態とは違う。植物状態は自己呼吸ができる。しかも、機械を使えば植物状態の患者と意思疎通ができるのだ。つまり、他の人間と意思疎通ができるかどうかに境がある。いやしかし、医学上は脳死の場合はすでに意思そのものが存在しないことになっている。これは医学的な所見に基づいた判断だ。果たしてこれが絶対的に正しいなどと誰が言えよう。
もし、本人に意思というものが存在しながらも、他と疎通ができない状態があったら、それは死と判断されるのか。そして、臓器移植との関連はどうなるのか。もともと脳死を確立せねばならなかった歴史的な理由は臓器移植を法的に可能にするためである。従って、哲学的な死の意味云々とは別に、実際問題として技術的に脳死をある閾値以下のものと定め、条件にあえば、呼吸維持装置などの医療活動を中止する前に臓器を移植するということなのである。そして、現実に脳死と判断されながら、移植直前に生き返った例もあるのだ。
このまれに起こる例外に目をつぶって移植を行って他の人の命を救った方がいいというのが現在の社会の考え方と言っても過言ではあるまい。
しかし、この臓器移植とやらも、これからさらに盛んになってきて、ついには脳以外はすべてできるようになるかもしれない。いやそれどころか、脳幹、小脳など脳の一部も移植できるようになるかもしれない。どれが果たして本人なのか。左脳だけ入れ替えて、記憶が一部残っていたら、本人なのか?2人の記憶が混ざってしまっても、一人の人間を生かしたからよしとするのか。そもそも何が本人を定義づけて、何が死を定義づけるのかわからなくなってしまうのではないか。それも、現実的な技術的なラインで判断するのか。
私の想像にすぎないのだか、脳死した人の家族が臓器移植に同意する大きな理由はその本人の一部でもこの世に”生きていて”欲しいということではないかと思う。脳死判定された母親に子供が毎日抱きついているというニュースを見た。子供にとって何もいわなくても暖かい”生きている”お母さんに抱っこできることは果たして意味のないことなのか。
私は臓器移植に反対なわけではない。移植が必要な患者さんには助かってもらいたいと思う。しかし、脳死の定義が非常に現実的技術的過ぎる点にとても違和感を持っている。これらの事情をすべてふまえた上での本人の意思がやはり一番重要なのではないかと思う。
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by katsumi_kitagawa | 2010-08-22 14:00 | 赤ちゃん

Associate Professor at Nationwide Children's Hospital, School of Medicine, Ohio State University
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