今を生きる コロンバスにて 北川克己

独立して自由に研究してみませんか。

以下の文はこちらにラボを構えてから数ヶ月したころにN先生の紹介で実験医学に寄稿した原稿です。意外とたくさんの人からこれを読みましたと言われまして、しかも(お世辞でしょうけど)名文だったと言われてembarassされることが時折あります。亡くなられた川崎さんもその一人でした。今日たまたまcompuer上で発見したので、読み返したのですが、初心にかえった気持ちです。

独立して自由に研究してみませんか。

St. Jude Children’s Research Hospital
その名の通り小児病院であるが、重病の子供に無料で世界トップレベルの治療を施す臨床施設を持つと同時に、基礎から臨床までの幅広い研究を行っている癌センターを擁している非常にユニークな施設である。HospitalはMemphisのダウンタウン西側に位置し、すぐ隣を雄大なミシシッピ川が流れている。
ほとんどのfaculty member(PI)はテネシー大学の兼任professorであり、数は多くないが大学院生もSt. Judeで研究を行っている。それぞれのPIは他の研究所や大学同様に、特定のDepartmentに属しているのだが、その枠組みとは別に研究テーマの種類によって参加を選ぶことができるprogram が存在し、Department 間での交流を円滑にしている。私のラボはDepartment of Molecular Pharmacologyに属しているが、ProgramはMolecular Oncology に参加しており、毎週一度開かれるDepartment meetingとMolecular oncology meeting にそれぞれ出席している。Molecular Oncology ProgramはCell cycle の分野では有名な二人、Charles Sherr (CDK、ARF)とMichael Kastan (ATM、 p53) (最近発表された1990年代に最も引用された 論文の著者top 20に二人とも入っている)によって運営されている。基本的にこのprogramのmeeting はclosedであり、発表者へのコメントはかなり手厳しい。Technicalなコメントから、発表者の英語力のなさに対する厳しい態度、若いPI への方針への批判まで様々なdiscussionがなされていて、筆者には大変学ぶところが多い。他にJohn Cleveland (Myc、Apoptosis)、Tom Curran (Brain development、Fos)、James Downing(AML)などの参加者がいる。

Job Search
今からおよそ6年前、私はBaltimoreにあるJohns Hopkins大学にあったPhilip Hieter博士の研究室にポストドクロラルフェローとして加わった。4年前の夏、Hieter研はCanadaのVancouverにあるUniversity of British Columbiaに移動し、私も2人の大学院生と一緒に引っ越しと研究室のセットアップに貢献した。移動して1年後、それまでの成果をまとめて論文をMolecular Cell紙に発表した。その後、いろいろあちらこちらに手を伸ばして、今の研究室を作るための土台となるdataを蓄積したことになるのだが、論文を出した直後にはUSAでラボを持ちたいというはっきりとした気持ちはなかった。ポスドクとして4年目のとき、やはり自分は今やっているプロジェクトを続けたいと思い、Job Searchを始めた。私の実績では、独立したポジションで自由に研究をすることは日本ではかなり難しいことはわかっていた。一応日本でも公募していた助教授のポストやさきがけには応募したが、やはりだめだった。ボスの強い勧めもあって、それならまあ、旅行がてら、アメリカかカナダででも探すかなという軽い気持ちで始めたのだが、実際、始まってみるとそれどころではなかった。まずは、応募である。CVとfuture planそれから、最低3つのrecommendation letterをどなたか世界的に有名な方に頼まなくてはいけない。2、3か月ごとに20から30ずつ応募を続けた。最初のころは、全くinterview に招待されるに至らなかったので、future planを変えてみたり、CVから国籍を除去したりした。(性別、人種を記入しなくてもいいのは当たり前のこと、写真もそれらがわかってしまうから、当然なしである。生年月日も入れる必要はない。)すると、interviewに呼ばれはじめたのである。結局合計約100 応募して、11interviewに招待された。ひとつのポジションにふつう200から300の応募があるらしい。有名な大学、研究所には400、500も当たり前とのこと。
その中から、4人から10人のcandidateがinterviewに招待され、seminarをし、2、3日間にわたって、10人から20人のfaculty memberと20分から30分ずつ個別で話す。場所によってはChalk talkといって、future planについてチョークをもって黒板の前でdepartment memberとdiscussionを行う。最初は正直言ってimpossibleだと思った。100や200応募するのは当たり前だと聞いたが、私のように本当に100も応募した日本人が他にいるだろうか。 Cell、Nature、Scienceに何報もあるいわゆるスーパースーターの方々は数カ所応募すればすぐに決まるであろうし、また、大ボスに気に入られて同じ研究所のfacultyに昇進するという方はよく聞くが、私のようにボーダーライン上にいて、無謀にもアメリカ人と同じことをやろうとする日本人は変わりものかもしれない。Interviewの間は地獄。すべての行動、発言が判断の材料にされるわけで、2日から3日の間にみっちりと詰め込まれたmeetingの間にあるlunch とdinnerではとても食事などのどを通る気などしない、というか私の場合、食べてから戻していた。(その後遺症で就職先が決まった後もしばらくはレストランではあまり食べることができなかった。)2人にしぼられた2nd interviewは更に緊張した。Chairmanの家に招かれ他のfaculty member 達とのdinnerの時に、持つフォークが震えて肉がうまく切れなかったのを覚えている。しかし、始めてから1年以内にSt. Jude という世界的にも有名な研究所にofferを受けて幸いだった。実績より若さとfuture planが買われたようだ。St. Judeから1st interviewに呼ばれる少し前に、日本で大学院時代にお世話になった方から日本での職を紹介された。あまりにinterview がつらかったことと、そのポジションがとても魅力的だったこともあり初志貫徹をまげそうになった。しかし、St. Jude から2nd interviewに招待され、まだofferはされていなかったが、やはりアメリカでchallengeしたいとの旨を話してお断りした。恩を仇で返してしまったことになり、大変申し訳なく思っている。御迷惑をかけた方々にこの場を借りて深くお詫び申し上げたい。

Kitagawa lab
私のラボのテーマは、以下の3つである。
1)出芽酵母を用いたキネトコア/セントロメアの細胞周期の活性制御機構(Skp1とSgt1遺伝子を中心として) 2)キネトコアからM期スピンドルチェックポントへのシグナル伝達機構 3)哺乳動物Sgt1ホモログの機能解析。
Skp1および私がHieter研で同定したSgt1は、両方ともキネトコアの活性化に必要であり、かつ細胞周期の進行に重要なユビキチン依存的プロテオリシスにも必要なことが明らかになっている。また、他の生物種でSkp1、Sgt1がそれぞれいろんな異なる活性に関わっていることが最近明らかになってきた。これらの機能がユビキチン化活性によるものなのか、全く独立してそれぞれの活性に関わっているのか、興味深い問題である。ヒトホモログの変異タンパクを酵母を用いてスクリーンし、培養細胞を用いて表現型の解析をするプロジェクトは独立してやりたかったことの一つであり、結果が非常に楽しみである。また、数年前、ある種の大腸癌細胞株でM期スピンドルチェックポント因子のひとつであるBub1のヒトホモログに変異が発見され、キネトコアからチェックポイントへのシグナル伝達機構が注目され始めている。

Labの立ち上げ
原稿を書いている時点で、まだラボを立ち上げてから3ヶ月半なので、Job search以外はあまり書くことがないのであるが、立ち上げについてちょっと。2ヶ月くらいで、ほとんどの機器は揃った。実験できる環境もできた。思っていたより大変ではなかった。何年もアメリカ、カナダで実験をしていた人なら、問題なくできるだろう。私は幸いにもすでにSt. Judeで1年程働いていた人がlab techとして雇え、その人がほとんど全て私の思いどおりに動いてくれた。他の場所でのinterviewで聞いた話や、最近ラボを立ち上げた友人の話では、ラボのstart-upの費用として、およそ30万ドルから50万ドルくらいが相場らしい。St. Judeは他に比べてかなり気前がよく、詳しいことは書かないが、それらの友人が羨む程であるといっておこう。また、ふつうはstart upのためのpackageは3年間で、その間にNIHのR01などの長期のグラントを取らなければ、クビということらしいが、St. Judeでは6年間である。自由に研究を行え、資金にもしばらくは不足しない。こんな夢みたいな話しがホントにあるのだ。これでうまく成果がでなければ、すべて自分のせいである。後悔はない。原稿を頼まれた時、私のようなものがおこがましいとおもったが、他の若いみなさんにも是非トライしてもらいたいと思って筆を取らせてもらった。Job Searchのところでちょっとおどしたが、終わってしまえば笑い話しである。私ができるのだから、日本の大学の一流の研究室で助手をやってらっしゃる方のほとんどはアメリカで独立したラボを持てるポテンシャルを持っていると言っても過言ではないと思う。アメリカでポスドク中の皆さんも考えてみてください。性格にもよるだろうが、メッツの新庄選手みたいにアメリカの環境の方がのびのびと活躍できるなんてこともあるかもしれない。日本に若い優秀な研究者が誰も帰ってこなければ、日本の大学もその階層的なシステムの見直しをせざる得ないでしょう。
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by Katsumi_kitagawa | 2006-11-29 05:29

Associate Professor at Nationwide Children's Hospital, School of Medicine, Ohio State University
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